社長の四季② 1989年初秋「宝塚歌劇・ベルサイユのばら」

▲ベルサイユのばら(1989年):右アンドレ(杜けあき)、左オスカル(一路真輝)

 入会して父の死とボクの社長就任(30歳・1980年)が重なり、何もしなかった11年間のJC(青年会議所)ライフの最後(39~40歳)に、一つでも記憶に留める事業を残したかった。
 1989年8月27日(日)午後2時半、台風17号が大阪を直撃した丁度その時間に(台風の大阪上陸は午後3時)、宝塚大劇場(旧)が開場した。10分毎に台風情報に耳を傾けるスタッフの不安を吹き飛ばすように、押しかけた観客の数2800名。特別招待客の小鳩会(ダウン症)の子供達の顔も見える。
 東京からは人気スターの麻美れいさん(直樹と同学年)も駆けつけてくれた。超満員の客席は、開演を前にして異様な熱気。舞台では、吉本直前理事長の挨拶。
 その半年前、3月7日にボクが宝塚を訪問してスタートした「ベルサイユのばら」チャリティーミュージカル事業は、その後大きな議論を呼ぶ。啓蒙が先か、動員が先か、何故宝塚か、やるのか、やらないのか二転三転四転した。
 一方で不安と疑問があり、片方で空前の大ヒットの感触があった。舞台では、フランス革命の宮廷社会が華麗に演じられている。75年間、同一劇団が同一劇場で、生オーケストラ付きで、女性オンリーのキャストで演劇公演を行うという、世界でも他に例を見ない宝塚芸術の極致が、大阪文化の花が、集大成されている。
 幕開30分スタッフは走り回った。劇場内では、訪米中の大阪JC阪本理事長の声のテープによる特別参加があり、ロビー内ではチャリティーボックスの前に長蛇の列。チャリティーして麻美れいさんと握手して、男役杜けあきさん(直樹の10才下、舞台女優)の写真入り色紙を当てよう!
 ロビー外での色紙交換所はもうハチャメチャな人の数。午後6時、4人の子供達による舞台のスターへの花束贈呈で全てが終了。外へ出て来た観客を待ち受けていたのは、青、赤、黄色のセーブ・ザ・チルドレン(子供達を守る国際活動)の無数の風船と、台風一過、頭上高く広がる晩夏の青空。
 多額の収益金は、今後フィリピン、タイ、ネパールの子供達の援助に使われる。「今日の事業に協力戴いた、本当に多くの皆様方に心より深く感謝を申し上げます」。
 そして、ボクの青春が終わった。
(2026年9月15日付 / 毎奇数月15日発行)