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会頭の履歴書

会頭の履歴書③(とよなかチャンバー2026年2月号より転載)

豊中商工会議所会頭 
吉村 直樹
(マリンフード株式会社代表取締役社長)


▲「陸軍重砲兵学校」。昭和13年4月、栄吉中央立ち姿。

【父Ⅲ】
 父の作品集『空想屋右三郎』の編集後記は、ボクが書いた。「この書物が『読むに堪える』本であるかどうかは今置くとして、およそ二十才の頃から他界するまでの約六十年間に亙る、父の文章に対する夢と愛着は、それだけで私に迫ってくるものがある。最後に至って本書完成の仕事は私に委ねたが、他界の数日前まで、不自由な身体 で書斎の整理を続けた」。
 父の長兄又一郎は、東京牛込で絹練石鹸を開発し、一世を風靡した又作翁の長男だったが、意見の相違があり、独立して同業の三木工業所と提携してミヨシ石鹸を創立して初代社長になった。この辺りのことは『又作伝』に詳しい。
 「又作と又一郎の気質の相違、話合い不足による不和と、経営上の意見の相違が絡み合って父からの別離となったと思われる」。
 この間に、父は兄弟で唯一戦時招集を受けた。しかも二回。目黒の自動車大隊と満州(石門子)出兵。不満はどこにも書いてなく、満州出兵は聞いた事が無い。
 栄吉は招集解除の間に又作の死に遭遇し、又作石鹸の社長を継ぐが、それからわずか一年後、その職を弟の六郎、七郎に譲った。
 いよいよ文学の道へ進む決意をしたと思われる。(続く)