豊中商工会議所会頭
吉村 直樹
(マリンフード株式会社代表取締役社長)
▲父吉村栄吉(前列右)と吉村直樹(後列左)
突然父栄吉の夢を見た。夢の中で笑っている。父の笑顔は稀だ。マリンフード創立社長。
ボクは父が48才の時の子。18才から26才まで札幌にいて、帰阪してからも親しく話し合う時間は無かった。何より吹田の循環器病院を出たり入ったりしていた。ボクも神戸や東京に単身赴任していた。大学入学で札幌へ行く前日、書斎に呼ばれた。いきなり医者になる気は無いかと聞かれた。大手企業が株主に入った直後。即座に有りません、と答えた。
ボクが小学生の時、父がPTA会長をしていた。運動会の時、同級生に、あの人お爺ちゃん?と聞かれて答えられなかった。
高校時代、クラブで帰宅が遅くなった。父(当時65才)が車で飛んで来て、担当の女性教師を叱り付けた。教師は平謝りだった。
今、笑っている理由が分からない。「会社経営はどうだい」と笑っていたのかな?
父がマリンの社長をやっていたのは、23年間。ボクが社長をやっているのは、46年になる。「流石に疲れたかな」の意味だろうか。
昨春突然、東大文学部中国文学科の2人の教授と次男の4人で会食した、先生方は「吉村栄吉の時代の人々」と、ボクの五代先祖に当る「吉村迂斎と江戸漢詩」のゼミを開設したい、と話され、我々親子は驚いた。先生方は、栄吉が会社社長だったと知り驚愕された。(続く)
