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飛天

平成20年 「大航海時代」

- 飛  天 -

(平成20年度事業発展計画書より)
大航海時代

「先考吉村又作は、安政5年(1858年)6月に長崎の詩人として知られた吉村迂斎儒士正隆の孫長州屋敷御用達吉村年三郎の三男として長崎新町同藩邸に生を享けた。幼名子之助明治5年(1878年)断髪して又作と名付けられた。
 元治元年(1864年)勤皇攘夷派の長州征伐に際し、当主長兄為之助は官捕され一家窮乏に瀕したので、又作は姉婿品川九十九家に養子となりその新知識による薫陶を受けた時に、その一族品川貞五郎が又新社を興して西洋蝋燭の製造を創めるに際し次兄年二郎と共に入社し、石鹸製造の研究に興味を持つに至った。また、義兄杉山徳三郎の経営する日本最初の蒸気力精米所にも勤め機械の知識を得た。
 当時義父九十九の弟忠道が上海の初代総領事であったため、これを頼って渡支し、化学技術を錬磨し、明治14年(1881年)大阪に出て自ら石鹸製造業を経営したが、同年尻無川の大氾濫によって家財を蕩尽したので東上し、当時農商務省山岡次郎氏の創設した足利の織物講習所に入り染色の技を学んだ。
 そして明治21年(1888年)又作31才の時、東京都牛込区市谷に吉村石鹸工場を創業し、工業用石鹸たる所謂マルセール石鹸の製造に肝胆を砕いた。
 爾後、或いは石鹸原料として初めて綿実油を使用して輸入のオリーブ油石鹸に代る良質の絹練石鹸の量産に成功し、或いは当時捨て所に困った蚕蝋油を脱臭し広用途のマルセル石鹸原料にする方法を発明して専売特許を得、或いは羊毛処理用又は金属線延伸用の石鹸を初めて国産化する等業績次第に進展し、各種博覧会、展覧会等に於いて出れば必ず受賞し、国内各機業地に於いて吉村石鹸の名を知らざるものなきに至り、業界の先覚耆宿と目された。
 性来病弱であったが、徹底した摂生と規律を以って健康を保持し、昭和14年(1939年)2月29日享年80才で没する迄、賀寿隠居せず倒れて止まずの信念を以って病無ければ毎日早朝より邸内の工場に出勤して決して怠らなかった。」
(吉村栄吉著「空想屋右三郎」)
 事業の繁栄発展の究極は、たった二つのコンセプトから成り立っている。
 一つは成長拡大させること。もう一つは安定させることである。この二つの哲理を同時に戦略課題として、実行して、はじめて繁栄発展が起こる。二つのうち、どちらかの一つが欠けても事業の繁栄発展はありえない。
 マリンフードは4つの大方針を持っている。

1.コア・コンピタンス(核の力)
2.カスタマーフォーカス(お客様第一主義)
3.スピード(早さ)
4.マネジメント・バイ・ワンダリング・アラウンド(経営は歩き回りながら)

 我々の会社にとって"核"となる力がどこにあるのか。何が自分の本業であり、自分がどの分野で戦うべきかを知り、そこへ経営資源を集中し、そこで№1になる。いくら企業の規模が大きくても、コア・コンピタンスを見極めないまま事業をやみくもに拡大したところで勝算はない。世界の波の中で沈む。中小企業だから大企業に負けるのではない。『自らが勝負できる分野を見定めぬまま事業を展開するから、大企業に負ける』。
 市場で戦うにはお客様の嗜好が欠かせない。常に揺れ動く激しい変化の時代に信じられる唯一の確実な指標こそ、お客様なのである。何度もお客様のもとへ訪れ、お客様の本当のニーズ、期待、不満を読み取り、新たな製品サービスを市場に送り出す。
 お客様とともに変化の時代を乗り切って行く時、不可欠なのはスピードである。市場の変化は、実に素早くダイナミックだ。絶えず変化する世界では、じっとしていることは危険である。間違った決断をしても、素早く修正すればダメージを最小限に抑えることが出来る。変化が激しい世界では、今日正しかったことが、明日も正しいとは限らない。そうした不確実な世界での競争に生き残り、成長市場に地歩を固めるためには、企業も変わりつづけるしかない。
 そして、全べてのヒントはビジネスの現場にある。ビジネスの現場を自分の足で歩き回り、自分の目で見た時、変革は力強いバックボーンを持つことが出来る。

 「早くから海運国家として活動していたポルトガルは、エンリケ航海王子の許でギニアへ向けての航海が試みられた。1434年にそこから先に進むと生きて帰れないと信じられていたボジャドール岬を越え、サハラ砂漠が海まで達する海岸を原住民を奴隷として捕らえながら南下していった。
 1444年頃セネガル河に達し、ブランコ岬は白い砂だけの岬だったためブランコ(白)と、ヴェルデ岬は森が海まで迫っていたためにヴェルデ(緑)と名付けられた。
 1488年バルトロメ・ディアスが喜望岬を発見して帰国し、アフリカ東海岸のある程度の知識も揃ったため、1497年バスコ・ダ・ガマが使節としてインドへ向かった。
 スペインは、1492年1月グラナダで入城式を行い対イスラム戦争が終了した。以前から援助を求めていたコロンブスの航海を認めサンタ・フェの協約が結ばれ、8月コロンブスは3隻の船でひっそりとパロスを出航した。翌年3月コロンブスが帰ると、国王は彼に会う前に第2次航海を決め、17隻の船団に1,500人が参加して9月エスパニョーラ島へ向かった。
 ポルトガルが80年あまりかけて航路を開拓したのに対し、スペインはコロンブスによる発見で一気に大航海時代へ突入した。
 後に大英帝国となるイギリスはフランスとの百年戦争を続けていて、ハプスブルク家の領地だったオランダやブルゴーニュ公団もこの戦争に絡んでいた。神聖ローマ帝国はイタリアの動きから目が離せなかった。」(「大航海時代とルネサンス」)

 「1992年に、(線虫の)一つの遺伝子の変化で大きく寿命が延長される遺伝子が特定されました。新聞にも載りましたので御存知の方もいらっしゃると思います。この最初の遺伝子は加齢遺伝子の1号ということでエイジ(age―1)と名付けられました。このエイジ1遺伝子に変異がおこりますと寿命が延長されます。普通の線虫は20日で死んでしまいますが、みんな活発に動き回り、元気で若い状態を維持しています。平均寿命も、最大寿命も大きく延びます。これは、年取った元気のない線虫が、ただ延命されていると言うものではなく、この遺伝子の変化で老化が遅れ、健康で元気でいる期間が延びるのです。ここ数年で、このような遺伝子の変化で寿命が延びるものがどんどん見つかってきました。2倍、3倍に延長されるものもあります。このように遺伝子変化によって寿命が変わる遺伝子が、寿命を決める遺伝子と考えられます。さらに、それらを組み合わせて、2つの遺伝子を同時に変化させると、インスリン受容体遺伝子とステロイド受容体遺伝子のように4倍に、またインスリンとクロック1遺伝子では6倍近くに達したものもあります。人間で6倍になるというと700歳近くになり、鎌倉時代から生きていることになります」。(白澤卓二「線虫と長寿命遺伝子」)

 「愛知県に3~9桁と1桁の掛け算を1~2秒で即答できる男性がいる。この男性を30年近くみてきた神野秀雄・愛知教育大教授は、人並みはずれたこの計算能力の正体を『記憶』と見る。『計算にしては反応時間が短かすぎる』からだ。記憶としても驚異的だ。『9桁×1桁』の問題は90億通りある。
 次郎丸睦子・聖徳大教授は1999年6歳の男児に出会った。4歳でピアノを始め、幼児向けの『アイネクライネ・ナハトムジーク』を一度聞いただけで弾きこなした。3週間後の演奏会。楽譜に見向きもせず、母親が前夜に聞かせたCDの曲を弾いた。
『サヴァン』──電光石火計算、再現演奏など狭い分野で特異な才能を発揮する人々をこう呼ぶ。これらの才能は孤立しており、創造性の発露は見られないのが普通だ。アラレ・スナイダー豪シドニー大教授は『人はみな同様の能力を潜在的に持つが、普段は封じ込めている』とみる。サヴァンの場合は障害のため鍵が外れ、脳がのみ込んだ情報を抽象も取捨選択もしていないナマの状態で出し入れできるというわけだ。ニコラス・ハンフリー英ロンドン大教授は『進化の過程で人類はサヴァンのような能力を積極的に放棄した』と考える。人類は集団を形成するようになったが、社会生活を送るうえで『あまりに大きな能力』はかえって邪魔になる可能性がある。人類は、より抽象的で総合的な言語能力、対人能力を優先させたと言うのだ」。
(読売新聞2008年1月4日付)

 私達は、宇宙の悠久の歴史の中で、全くの偶然に、運命の悪戯から、同時代に生まれ、マリンフードに働いている。食品産業に従事している。
 食品事業は、バブル経済はもとより、家電・電子業界や情報、通信、自動車、アパレル、住宅産業と比べても、限りなく地道で保守的な産業だ。おふくろの味つけを好む性向は、かつて食べたことのない食品の出現を阻み、ファッションや趣味に比べて、生涯最も変わることの少ない嗜好性だと言われている。しかし、ひとたびお客様に我社の商品を注文していただければ、それを縁に何回でも幾年も変わらぬお取引をして頂ける。実に恵まれた事業でもある。
 環境の激変に耐え、激しい競争に生き残り、目標にチャレンジし、売上や利益が順調であり続ける事ほど企業やその社員にとって幸福なことはない。そんな会社を、未来につながるナイスカンパニー、エクセレントカンパニーを創り上げることが出来れば、その原動力となることが出来れば、偶然に入った会社、偶然に出会った運命の中で、一回きりの私達の人生が、どんなに輝いたものになるだろう。
 「人間は誰でも、本来、何事をも、自分が深く思い、考えた通りに成すことが出来る。自分がもし出来ないと思えば何事も出来ないし、出来ると信念すれば、何事もなすことが出来る。つまり、すべてが、自分が自分自身に課した信念のとおりになる」
(中村天風「成功の実現」)

 今年、会社は創業120周年(創立51年)を迎え、そして事業発展計画発表会は22回を数える。原料高騰の嵐が吹き荒れ、高波が天を覆い隠す勢いの中を「大航海時代」と銘打って船出した。

 私は今再び、精魂こめて、お客様に対する考え方、あらゆるサービスの姿勢、心、信念する経営思想を書く。全社員とその家族が、気力を漲らせ、豊かで、明るい生活を営むために遂行しなければならない必達の利益が明示してあり、それを実現するすべての戦略、方針、構想、実行手段が網羅されている。
 私は大いなる願望(マリンドリーム)達成に向い、ひたすら精進し、方向を決定し、理念を固め、誠意をもって、情熱あふれる経営を推進することを、天から課せられた使命だと考え、実行する。


平成21年1月31日
取締役社長 吉村直樹