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飛天

令和2年 黎明~新時代、海神ポセイドンの力~


飛天

「『2020 年の漢字』
 語義は単なる食のようだが、生業にする私にとっては憧れの漢字だ。但し、普段の簡素な食事ではこの文字を支え切れない。食前酒のブランデーから食後のデザートまで。フレンチのフルコースや最上席懐石一式。誰もがダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を知っている。最後と言わず、毎年一、二回はお目にかかりたいものだ。」
(とよなかチャンバー 2020年1月号)


「拝啓
 時に版画や油絵、日本画を購入することがあります。若手ベンチャーの経営者たちが、投資目的で買い漁っているようですが、僕にはそんな世界は無縁です。工場や事務所の白い壁に絵画を飾りたいだけです。比較的広いスペースなので、100 号や200 号の絵を飾ることが出来ます。
 工場見学に来られるお客様が絵の前で記念撮影を希望されることがあり、そんな時は喜んでお手伝いいたします。こちらも嬉しくなります。
 直近の購入絵画は、今年(2018 年)の日展で文部科学大臣賞(日本画最高賞)を受賞された村居正之先生の旧作、ギリシャ・スニオン岬にあるポセイドン神殿を描かれた『青』の傑作『スニオン月照』150 号です。先生は『青の集大成』と言っておられます。昨年から一年がかりのオファーでした。
 自宅には亡き父が遺した絵が数点あります。今では名の知れた物故画家ですが、父が買った頃は無名の若手画家だった筈です。父の眼力に脱帽するばかりです。
 結婚して最初に買ったローンはミロの版画でした。小さなマンションのリビングの壁面を飾ってくれました。今いくらか調べると、購入時と変わらない価格でがっかりしました。平成18 年11 月の土曜日、木枯らし吹き荒ぶ晩秋の銀座を終日画廊巡りしました。当時 銀座には500 件の画廊があるとのことでしたが、今は300 件程に減っているようです。昼過ぎ、小さなオークションに飛び入りで参加する機会にも恵まれました。その時の目玉はルイ・ヴィトンとのコラボで知られる村上隆の小品で、パリとニューヨークの代理人が電話片手に依頼人と連絡をとりながら最後まで競っていました。
 その日目的の購入した絵は、朝一番に入った小さな画廊で遭遇した絵でした。一日40 件ほどを巡った後の夕刻、その店に戻りました。不思議な巡り合いと言わねばなりません。ある人が、『絵は巡り合わせ』と書いておられますが、まさにその通りです。
 買った絵のタイトルは『火の鳥』(元東京芸大教授の故吉岡堅二作)で、現在東京支店に飾っています。その翌年の会社の事業計画のシンボルだったのです。
敬具」
(平成30年末の「社長挨拶文」より)


「深い思索と経験を通して、村居先生は着実に時代の先端を歩まれています。
 洗練された鋭敏な世界観は新鮮な輝きをもたらしました。
 そしてその端正な表現には今や無駄な揺れがありません。
 常に挑もうとする冒険心が作品にみずみずしさを生み出しています。
 これからも自らを解き放ち、自らを挑発し続けてください。
 新しい目でみること、そこに発見があります。
 今後、村居先生の表現される『静謐の世界』が作家自身を規制することなく、
 軽やかに解放する域へと導いていってくれることと信じています。」
(池田道夫「村居正之作品集によせて」)


「母百合子は日本舞踊の人だった。九十歳で他界したが、八十歳代の半ばまで不自由な目で踊った。宴席などでボクが突然一曲いかがですかと振ると、料理屋の女将から浴衣を借りて踊るのです。
 広島県福山市出身で小学生の頃天才少女と言われ、上阪して後年人間国宝になった八代目坂東三津五郎に師事した。最後の直弟子だったようです。
 父と結婚する前は、大阪南の料亭『大和屋』で芸者をやっていたのですが、ボクが友人にその話をすると叱られた。『私は踊りのために芸者をやったのよ』。
 祖母は『この人の踊りに全財産を使った』と愚痴った。
 父が病で倒れた時、ボクは札幌で八年以上漂流していた。母が帰阪を促しに来た時、ボクは北海道に骨を埋めると答えた。隣の寝具の中で、母は夜の十一時から明け方五時まで泣き続けた。年の離れた異母姉にその話をすると、百合子さんの演技は一級品だと笑った。今ボクは、母に感謝の言葉しかない。
 母は倒れる前日まで湯呑みで冷や酒を飲んでいた。ボクの酒好きは母の血だ。晩年『直樹さん、いくらでも飲めるの』と言っていた。体が酒と同化していた。」
(ほほづえ100号2019年4月号より)


「人間は誰でも本来、何事をも、自分が深く思い考えた通りに成すことが出来る。自分がもし出来ないと思えば何事も出来ないし、出来ると信念すれば、何事をもなすことが出来る。つまり、すべてが、自分が自分自身に課した信念のとおりになる。」
(中村天風「成功の実現」より)


 世界で初めて民主国家を完成させたアテネ最盛期の最高指導者ペリクレス(紀元前495 年〜紀元前429 年)の言葉が鮮やかだ。
「① われわれは美を愛する。だが、節度をもって。
 ② われわれは知を愛する。しかし、溺れることなしに。
 ③ われわれは、富の追求にも無関心ではない。だがそれも、自らの可能性を広げるためであって、他人に見せびらかすためではない。
 ④ アテネでは、貧しさ自体は恥とは見なされない。だが、貧しさから抜け出そうと努力しないことは恥とみなされる。
 ⑤ 私的な利益でも尊重するこの生き方は、それが公的利益への関心を高めることにつながると確信しているからである。私的追求を目的に行われた能力は、公的な事業でも立派に応用は可能であるのだから。
 ⑥ このアテネでは、市民には誰にでも公的な仕事に就く機会が与えられている。ゆえに、政治に無関心な市民は静かさを愛する者とは見なされず、都市国家を背負う市民の義務を果たさない者だと見なされるのだ。
 ⑦ これが、諸君が日々眼にしている、ギリシャ人すべての学校と言ってもよいアテネという国である。戦没者たちは、このアテネの栄光と繁栄を守るために、その身を捧げたのであった。」
(塩野七生「ギリシャ人の物語」)


 私達は、宇宙の悠久の歴史の中で、運命の悪戯から、同時代に生まれ、マリンフードで働いています。
 しかし、状況は必ずしも楽天的ではありません。この環境の激変に耐え、激しい競争に生き残り、目標にチャレンジし、売上や利益が順調であり続ける事ほど企業やその社員にとって幸福なことはない。そんな企業を、未来につながるナイスカンパニー、エクセレントカンパニーを創り上げることが出来れば、その原動力となることが出来れば、偶然に入った会社、偶然に出会った運命の中で、一回きりの私達の人生が、どんなに輝いたものになるだろう。

 今日もHPにお客様からのメールが届きます。
「インド人の方と結婚した親友が、ヴィーガンになりました。親友達を招いてピザパーティーをする予定を立てております。」

「フレンチトーストとフランス料理食べました。中はふっくら、外はかりっと、家でこんなに美味しいフレンチトースト出来るんだ~。フランス料理はトーストしてハム、キャベツを挟んだだけ。フレンチサンドがわが家で出来た。」

「一番印象に残ったのは工務大会の様子です。2連覇されたのは女性!! 決勝にも女性が多く出場されていて驚きました。」

「我が家は主人も子供も燻製バターが大好きで、毎日愛食しています。和洋中どのジャンルの料理にも合うため、常にストックしています。」

 今年で事業発展計画発表会は34 回を数える。この間の成果は、まるで遅々とだらだら坂を登る歩みであった。そして、今年、我々は「黎明~新時代、海神ポセイドンの力~」という新しい標語を押し立てて船出した。

 私は大いなる願望(マリンドリーム)達成に向い、ひたすら精進し、方向を決定し、理念を固め、誠意をもって、情熱あふれる経営を推進することを、天から課せられた使命だと考え、実行する。

令和2年1月25日
取締役社長 吉村直樹