世界・日本の映画ランキングベスト250~至極の世界~③(ほほづゑ2018年秋 第98号より転載)
「芸術系大学の世界ベストランキング50」というのがある。東京芸大が入っていない。日本は一校も入っていない。一位は英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート。国別では米国が十九校。続いて英国七校、豪州六校、中国三校だが、仏、独、西、露やアラブ世界も一校も入っていない。調査会社がイギリスだから理由は朧げに推測出来る。しかし厄介なのは、そのサイトへのアクセス数が断然多いということだ。江戸時代の浮世絵が欧州画壇に衝撃を与えただけでなく、狩野派は世界に勝る。歌舞伎、能、狂言の豊かな創造の世界はどうだろう。短歌、俳句は世界最小のポエムだし、源氏物語の高い評価は言うまでもない。
利休の茶道、池坊の華道に類似する文化が世界にあるだろうか。余談だが、池坊の創業は西暦五八七年で、一四三一年間の歴史を誇り、これは長寿企業として世界二位だ。なんと一位から六位まで日本企業が独占している。世界が驚いてる。
フランスの美術史家ソフィ・リチャード『フランス人がときめいた日本の美術館』という本がある。「この本は私自身の旅の物語。......日本は美術マニア垂涎の地だ。数が驚くほど多い上にレベルが高い」。
そして、話は総合芸術の王者「映画」に戻って行かねばならない。
六本木「金魚」への鎮魂歌
25位「キャバレー」(アメリカ映画 1972年)
一九三一年のベルリンが舞台。現在ドイツは欧州最強国家だが、二度の大戦の主役として全面敗北し、廃墟と化し、膨大な賠償金に呻いたことをボク等は忘れているのかも知れない。
この「キャバレー」には、ハリウッド映画でありながら、その当時のドイツの猥雑なエネルギーが全部詰まっている。現在七十二歳のミネリは、薬物過剰で四十七歳で病死した「オズの魔法使い」(383位)のジュディー・ガーランドの娘だが、彼女も生涯同じ中毒で苦しむことになった。
六本木に「金魚」というニューハーフショーパブがある(令和六年四月閉店)。平成六年四月にオープンして以来、二十回以上鑑賞している。後年いずれも総理大臣になった、小渕恵三、羽田孜、鳩山由紀夫といった面々が、取り巻きの記者達に「君達は金魚を見たかね」と宣伝していた。
創業オーナーの谷本捷三氏は平成二十三年に他界され、今は夫人がオーナーをされているらしい。
何回も観ているだけに、ボクならどう企画したいかとつい思ってしまう。その一番が、映画「キャバレー」をやってみたい、なのだ。キャバレーを観ては「金魚」を思いだし、「金魚」を観てはミネリを思い出す。
映画の最後の場面でミネリが歌う。
「エルシーという友達が死んだ日、隣人はあざ笑った。薬と酒に溺れてこのザマだって。でも彼女はまるで女王のよう。彼女は言っていた。人生はキャバレー、友よキャバレーへ行こう。キャバレーが私は大好き」。
多分彼女は、この歌を抱いて人生を生きた。
55位「ウィンストン・チャーチル」(イギリス映画 2017年)
今年の五月にアメリカ出張の機内で観た。偶然ジョン・キーガンの近著『チャーチル』を読んでいた。
世評では、チャーチルに似ている、ということで騒がれ、現代彫刻家として知られる辻一弘は特殊メークで、アカデミーメイクアップ賞を得ている。
でもボクの感想は全然違う。手控帳には次のコメントを書いている。「こんな凄い映画なのに、何故もっとチャーチルに似た俳優を選ばなかったのだろう。不思議」。
歴史には、大きな流れの悠久の歴史と、一瞬の歴史がある。イギリスには許される大英帝国の歴史がある。チャーチルを描けば、ヤルタ会談があるし、南アフリカ留置、高等学校生活や戦後の政治生活もある。それらを全て棄てて開戦直前の一ヶ月に焦点を絞り、日系列でチャーチルの本質に迫る試み。
ドイツとの戦いは、議会の不賛成の中、街中に出て大衆の支持に力付けられるのだが、結果が凶と出ればマスコミからはポピュリズムと叩かれる際どい賭け。
一方で元気な細君との関係にも笑ってしまうが、秘書にも泣き事を言う。「正しい言葉が出てこんのだ」。秘書が返す。「首相は言葉の天才です」。
77位「紅の豚」(日本アニメ映画 1992年)
宮崎作品の中では地味な扱いかも知れない。生家が航空機産業に関係していたことは後で知った。幼い頃から空を飛ぶことに憧れ、自分の夢として描いた。「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のためのマンガ」。
物語は、自身で魔法をかけたらしく、豚に身をやつした腕の良い飛行艇乗りの話。舞台は第一次世界大戦が終わり、苦境に喘ぐ一九二九年のイタリア。しかし映画は、いたってシンプルで明るく楽しい。限りなくおしゃれでスマート。宮崎の間口の広さに驚く。
シャンソン「さくらんぼの実る頃」や「時には昔の話を」を歌うマダム・ジーナ役の加藤登紀子のハスキーな声にやられた。加藤さんて、こんなにハスキーな声だったかな。飛行機修理屋の娘ピッコロも素敵。
実は、一昨年秋に弊社の特約店会を東京で開催したのだが、加藤さんをゲストでお招きし、この歌をリクエストした。最後にボクはステージに引き上げられ、ひどい音痴でデュエットさせられ、死ぬ思いだった。
113位「望郷」(フランス映画 1937年)
詩的リアリズムと呼ばれる一連の作品群がある。一九三〇年代の特に仏独の映画技法で、日常生活にひそむ詩情、恋愛や、罪悪からの解放に力点を集中する。
素敵な映画だ。望郷の邦題も凄い。原題は「船乗りペペ野郎」ってところ。原題のままなら、日本映画界の歴史にその名を残すことがなかったかも知れない。
最後にパリへ帰る船の上から、カスバ(アルジェ)を、ペペ(ギャバン)の面影を見つめる女ギャビー(ミレーユ・バラン)の視線が凄い。ボクが初めて見る視線だ。ペペとの別れ、自由への諦めを示す視線だ。
ペペは自殺する。恋する女との別れ。その背後のパリが去る絶望だ。
一九七二年二月にボクはアルジェに辿り着いた。宿の息子と仲良くなって、彼は盛んにスリに気をつけろと叫んでいた。かつてヒットした「カスバの女」は、作詞家大高ひさをがこの映画を観て書いた。数日後、ボクはアルジェリアからチュニジアへの山道を、十二時間歩いて国境越えするが、この歌を唄い続けた。
「ここは地の果てアルジェリア どうせカスバの夜に咲く 酒場の女のうすなさけ」。
152位「君の名は ⅠⅡⅢ部」(日本映画 1953年~1954年)
何気なく手に取ったDVDのレベルが高くて、驚いてⅡⅢ部をレンタルした。伝説のドラマだ。ストーリーは荒唐無稽だが、原作菊田一夫の力業の勝利。
今、岸恵子は八十四歳だが、この映画はひたすら可憐で美しい。淡島千景がいいし、若い笠智衆が嬉しい。すれ違いばかりが強調されるが、二人は二年後数寄屋橋で会っている。その場面も控えめで哀しい。フランスの悲恋映画を超えている。満天の婦女子の紅涙を絞った。
大庭監督は、二〇〇〇年のドキュメントフィルムで、この映画のお陰でその後も映画監督を続けることが出来た、と語っている。この時代、皆謙虚だったんだ。
ボクは、高校時代の通信塾のZ会で、観てもいないのに「君の名は」をペンネームに使っていた。六十八歳にして初めて観た。
三部作で三〇〇〇万人が観たという。今の基準で計算すると、一人一五〇〇円なら、四五〇億円ということになる。日本映画興行収入歴代一位が「千と千尋の神隠し」(27位)三〇〇億円だ。
(2026年8月1日付 / 毎月1日発行)
