会頭の履歴書⑥(とよなかチャンバー2026年6月号より転載)
豊中商工会議所会頭
吉村 直樹
(マリンフード株式会社代表取締役社長)
▲写真同好会と思われる。昭和47年夏。右端が栄吉
本業と文学以外で最も深く関わったのは、ロータリー活動だったと思う。池田RCには昭和29年の設立より参加し、会長を務めた後、昭和34年の豊中RC設立に係わり、再度会長に推され、昭和44年三度び豊中南RCを設立し初代会長に選ばれた。一時、地区ガバナーにも推されたようだが、会社業績の不振で辞退を余儀なくされた。以来昭和55年の永眠まで、26年間の熱心なロータリアンを続けた。
僕も父の薫陶を得た人達の推薦で入会を許されたが、不肖の息子で、10年を経ずして退会してしまった。
一方で栄吉は多趣味とも言える人だった。ゴルフばかりは少し齧った程度だったが、母の三味線で唄う長唄、小唄(豊中駅西にあった料亭やまとで)。年賀状に描く日本画、ゆかた焼(会長)、写真同好会(清交社)、書道等々。それ等の副産物でもあるが、意外に行動派で、国内・国外を問わず旅し、必ず旅行記を書いた。
最晩年、病院から退院してすぐに、突然秘書に運転させ、熊野那智大社に詣でた時は、皆驚ろいた。
父の無念は、作品集「空想屋右三郎」の完成を見なかった事だろう。長崎の高祖父迂斎から父又作までの伝記出版後「機会があれば更に戦後の推移を叙述したい」と書いている。 (続く)
(2026年9月1日付 / 毎月1日発行)
