世界・日本の映画ランキングベスト250~至極の世界~⑥(ほほづゑ2019年夏 第101号より転載)
父は水戸高校文甲から東大英文科に入学、転科して支那哲文科を卒業した。高校で同人誌『影の人』『詩聖』『校友会誌』、大学で『文芸精進』『黄表紙』に参加し、文学に耽溺していた。仲間に船橋聖一(小説家)、土方定一(美術評論家)、目加田誠(九大名誉教授・平成元号諮問委員で「修文」を提出)等がいた。
中央大学の夜間講師や書店弘道館に就職もした。傍ら多岐に渡る執筆活動は継続していて、『支那哲文雑誌』『食道楽』『斯文』『俳句春秋』『中国文学』『文芸通信』『支那』等に次々と文章を発表していた。
28位「赤い風車」(イギリス映画 1952年)
舞台は1890年のパリ。ルーヴル美術館が初めて生前の画家の絵を買い入れたという伝説のトゥールーズ=ロートレックの伝記『ムーラン・ルージュ』。
南仏の伯爵家に生まれたが、少年期の事故や近親婚に起因する遺伝子疾患で下半身が小男のまま36歳の生涯を終えた。
主演のファーラーは長身だが、膝を折り曲げ靴を付けて演技した。初恋の女性から「気持ち悪い」と言われ、田舎からパリに出て、モンマルトルとキャバレー「ムーラン・ルージュ」に逃げ込む。
醜い己れへの絶望。唯一の才能である画風への父の無理解。心の闇と闘いながら、コニャックと娼婦に入り浸り、作画に明け暮れる。ゴッホがいる。ベルナールがいる。そしてパリの夜に流れるハンガリー生まれのサザ・ガボール演じる歌姫はあくまでも明るい。「川は流れる。きっときっと、わが愛は真のままに。4月が訪れて恋人たちは肩を並べる。セーヌ川の岸辺に再び春が訪れて、それぞれの瞳は輝く」。
両親の見守る中で病死する。映画では、父親が許して欲しいと涙して終わるが、伝記はロートレックが馬鹿めと呟いて死んだと伝える。
ムーラン・ルージュで歌姫が耳元で囁く言葉も残酷だ。「貴方の背が高ければ、私はあなたに首ったけ」。
45位「歌え!ロレッタ愛のために」(アメリカ映画 1980年)
早い展開でスピード感に溢れている。炭鉱労働者の娘に生まれ15歳で結婚。気がついたら、もう4人の子持ち。24歳で夫に勧められて歌手の卵。そして歌手となり、35歳でスターになる。子供は合計6人。そのカントリーの女王ロレッタ・リンの半生記。
過酷なスケジュール、スターの苦しみ、夫の不倫が続き、やがて歌えなくなる。牧場で癒しの日々が彼女を立ち直らせる。カムバック。生活の地に足ついた歌を引っさげて。
「私は炭鉱労働者の娘。生まれた鉱山はブッチャー・ホラー。貧乏だけど愛にみち、それが一家の財産だった。父さん汗かき石炭ほった。子供は8人火の車。母さん毎日衣類の手洗い。指に赤い血にじませながら、いつもやさしく笑ってた」。
彼女は今尚87歳で健在だ。2017年にもアルバムをリリースしている。20年前にカントリーの殿堂入りを果たし、2013年にはオバマ大統領から自由勲章を授与された。長期間男性社会であったカントリー界への挑戦と成功は高く評価されている。
115位「お葬式」(日本映画 1984年)
ボクが初めて体験したお葬式は、喪主を務めた父の葬儀だ。結果的にこれが取引先へのボクのお披露目になった。通夜、密葬、社葬と続いたが、数社の取引先から、ビデオがあれば貸して欲しいと要望された。私家版ビデオ「お葬式」は取引先界隈を巡った。
さて伊丹の「お葬式」は、元東大総長で映画評論家の蓮實重彦が「ダメです」と一言のもとに切った話は有名だが、この年この映画が日本映画界を席巻した。
十三は、日本のルネ・クレールと呼ばれた戦前の映画監督伊丹万作の長男である。元々個性派俳優として特異な存在だった。役作りが必ず他とは違う何かを表現した。妹が同郷の大江健三郎の細君であることも妙に納得してしまう。早過ぎる(64歳)飛び下り自殺は奇怪だが、いずれにしてもその才能が惜しかった。
通夜、妻宮本信子と従兄弟役の尾藤イサヲが「東京だよおっかさん」を踊る。一番の見せ場だろう。
池波正太郎が書く。「堂々としたものだ」。この評を採用したい。
135位「陽暉楼」(日本映画 1983年)
原作の宮尾登美子は物語の乖離に激怒したが、脚本の高田宏治は、それくらいでなければいい脚本は書けないと居直った。テレビ出身の五社は「これから映画界で生き抜いて行く」と決意して全身刺青を彫った。
原作者と脚本家、監督との葛藤は意外に多い。映画のダイナミズムや2時間前後の大枠の中でのスピード感や省略、映画ゆえの独創性をいかに構築するか。
五社は日本アカデミーの主要5部門を獲りながら、作品賞は入賞すら果たせなかった。五社の品格や生活態度を議論されたかも知れない。それは兎も角、この映画の完成度の高さは驚きだ。芸妓、遊郭が舞台の映画では「幕末太陽傳」(253位)の評価が高いが、これがいい。
原作の確かさに加えて、高田脚本の奔放な飛躍、女優を裸にする時には自分も裸になり演技指導する五社の捨て身の迫力で、重層的に、華やかさと厳しい人生と、女の世界に竿さす男の世界も完結させている。
女同士の裸の2つの喧嘩も息を吞むが、倍賞美津子、丹波哲郎、風間杜夫以下の脇役陣も申し分ない。
221位「田舎の日曜日」(フランス映画 1984年)
主人公は国家から勲章を貰った70歳過ぎの画家。パリ郊外の広大な敷地に家政婦と暮している。
息子一家が5人で日曜日の午前、決まった時刻にパリから列車でやって来る。年老いた主人公の楽しみだ。
40歳前後の娘はまだ独身で、パリでブティックを経営している。気紛れな娘が、午後突然賑やかにクラシックカーを運転してやって来る。
娘は父の絵画に容赦がない。父が弁解する。「私は冒険出来なかった」。「モネ、ゴッホ、ルノワールに憧れた。私が尊敬する画家を真似たところで及ばない。家内は私の苦しみを見たくなかった」。
息子が妻に独り言を呟く。「僕も絵を続けたかった。でも親父の後をついて行くのがやっとだっただろう」。
村外れの森にあるカフェで、娘が父と踊りながら囁く。「私は自分の生きたいように生きるわよ」。娘はパリの彼の元へ風のように去って行く。
夕食後息子一家も最終列車で去る。老画家はアトリエの画架から絵を外し、真白いキャンバスを架ける。娘が望む冒険をしてみるのか。
(2026年11月1日付 / 毎月1日発行)
