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#28 ウクライナ訪問記(ウクライナの食文化について)

-------- | 更新日:2007.06.21

2007年6月21日
第28回「ウクライナ訪問記(ウクライナの食文化について)
研究部Cチーム 魚井伸悟


 2007年4月17日~21日の5日間で(株)バルコムの吉村英毅社長と同行でウクライナの首都キエフを訪問してきました。今回の訪問はウクライナの食文化を学び、同時に輸入等を見据えた食材の探索することが私の主な目的でした。ここでは私が実際にウクライナで食べた料理を中心に、ウクライナの食について報告したいと思います。


ウクライナの食文化について
  旧ソビエト連邦の一部だったウクライナは、肥沃な大地と温暖な気候に恵まれた、世界有数の穀倉地帯であり、豊かで洗練された食文化を持つ国です。しかし、我々にとっては(少なくとも私にとっては)ロシア料理とウクライナ料理の区別は難しく、また明確な区別があるのかも定かではありません。実際、日本ではロシア料理の定番と思われているボルシチなどは実はウクライナ発祥のメニューだそうです。今回の報告ではウクライナ料理、ロシア料理の明確な区別はせず(出来ず)、ウクライナ、ロシア(モスクワ近辺)の地域(東スラブ圏)での食文化ということで報告したいと思います。

ボルシチ(БОРЩ)
ロシアやウクライナ(東スラブ圏)ではスープが食事の中心で、事実、ロシアではスープは「第1の皿」、メインディッシュが「第2の皿」と呼ばれるそうです。出される順序がそうだからというのも理由の一つですが、それだけこの地方の庶民の人たちにとってスープというのは重要な位置を占める料理なのでしょう。ですから庶民の中には、スープとパン(あるいはピロシキ)だけで食事を済ましてしまう人も少なくないそうです。現在のようなボルシチはウクライナからロシアに伝わっていったものだそうですが、ウクライナの中でも地方によっては多様なつくり方や種類があるそうです。それぞれが家庭の自己流を誇るところから、さしずめ日本で言うところのお味噌汁といった感じなのでしょうか。共通点といえばビート(甜菜)の甘さと赤い色を特徴とし、いろいろな野菜が入っており、牛肉のダシがしっかり効かせていることぐらいだそうです。現地の人たちが教えてくれましたが、この赤いスープにスメタナ(サワークリーム)を入れて混ぜて食すのが一般的な食べ方なのだとか。なお、数回食べる機会がありましたが、なぜかガーリックをのせたパンがセットで出てきました。
ザクースカ(ЗАКУСКА)
具体的なある料理一品の名前ではありません。フランス料理で言うところのオードブル(前菜)に当る食事のことです。余談ではあるが、こうした食事を順々に出していく形式は、もとはフランスではなく、ロシア地方がルーツなのだとか。ザクースカという言葉自体は「ちょっとつまむもの」という意味だそうですが、この地方の人達はこのザクースカから本気をだすので序幕が即クライマックスということになります。しかも量が半端じゃありません。このような料理が何皿もでてきて、もったいないですが全部食べきれないほどでした。もちろん、当たり前ですが、一般の人々の普段の生活では日本と同じように必要にして十分な量の食事だそうです。
ザクースカは多種多様で肉系統、魚系統、野菜系統、たまごや乳製品系統など多岐にわたり、高級なところではサーモンのイクラやチョウザメのキャビアにまで至るそうです。
ピロシキ(пирожки)
日本でもおなじみの揚げパンですが、もとはピロギという言葉から派生したものだそうです。ピロギは小麦の皮にさまざまな詰め物をして30センチ四方くらいの大きさにしてつくったパイのようなパンのことで、当然食べやすいように小さく切って食べるのですが、だったら最初から手で持って食べやすくしたものを作ってしまえということで出来た「小ピロギ」をピロシキというのだそうです。日本では揚げパンのイメージがあるが、必ずしも揚げパンとは限らないそうで、ペチカというロシア風暖炉で焼くというのが代表的な調理方法だそうです。
ペリメニ(пельмени)
一見するとただの水餃子のように見えました。が、中身はひき肉が主で汁気はありません。ルーツには諸説があるようですが、シベリア地方が発祥とする説もあるそうです。中にはチーズが入ったものやフルーツが入ったものなどデザートに近くなっているものもありました。シベリア地方では冬の初めに大量にこのペリメニを作り、屋外に放置し(当然外は氷点下)、保存しておくのだそうです。容易に想像がつくと思いますが、ペリメニは宴会料理や高級レストランで出てくるようなものではなく、典型的な大衆料理、家庭料理です。
ブリヌイ(Блины)
ロシア式のパンケーキとされていますが、クレープに近いといったほうが適切かもしれません。調理法は小麦粉を牛乳、卵、バターなどの中で溶き、イースト菌と砂糖、塩を加え、フライパンで薄く焼き上げる。それ単体で食べるのではなく、イクラやキャビア、スモークサーモンなどを包んで食べます。また、果物やクリームをはさんでデザート風にするメニューもありました。古いしきたりでは追善供養や四旬節の前のマースレニツァ(謝肉祭)に食べるものとされているそうですが、普段からも良く食べられているみたいです。なお、ブリヌイは複数形の呼び名で1枚の場合はブリンというそうです。
壺焼き
この地方の料理として代表的な料理がこの壺焼き。ロシア料理といって真っ先に思いつく料理の一つではないでしょうか。ペチカ(ロシア風暖炉)で調理できる料理として発達したそうです。原理はいたって簡単で、理にかなっており、肉と野菜を壷の中に入れて蒸し焼きにすると材料の味も栄養も損なわれず、これに適当なソースを加えると汁気たっぷりで肉が柔らかい、おいしい一品が出来るといった具合です。パンでフタをすればなおさら空気との接触も少なくなり栄養や香りが損なわれなくなります。パン生地で蓋をしているもののイメージが強いですが、パン生地で覆ってないタイプもあるようです。
スメタナ(сметана)
ロシア圏の乳製品でサワークリームのことです。ボルシチやペリメニなど多くの料理に添えて食べられます。特徴は嫌気性細菌と好気性細菌が共存して発酵している点にあるそうで、独特のトロみがあります。現地の人々はマヨネーズやソースのような感覚で(もちろん味は全然違いますが)、何かというと色んな料理にこのスメタナをつけて食べていました。
キャビア(чёрная икра)
ロシア語で「魚卵」、「小さくて粒々したもの」のことを"イクラー"と呼ぶそうですが、日本語のイクラはこの"イクラー"が語源だそうです。いわゆるサケのイクラを「赤いイクラ」、キャビアのことを「黒いイクラ」と呼ぶそうです。日本で一般にキャビアといえばチョウザメの黒い卵のことをイメージすると思います。チョウザメは90%がロシアに生息しており、一番多いのがヴォルガ川とカスピ海だそうです。しかし、ソビエト連邦の崩壊後、従来の厳重な漁獲制限や管理体制も崩れ、乱獲・密漁が横行し、近年、チョウザメと数とキャビアの生産量は急激に減少し、1977年の2万7千トンをピークに2000年には461tまで落ち込んでいるそうです。専門家の推測によるとカスピ海での非合法漁獲量は合法なものの11倍にもなるという試算もあるそうです。チョウザメは鮫ではなく古代魚に属しますが、養殖も難しく、また産卵するまで10年以上を要するそうです。さらには、キャビアを生産するには親魚を殺してとりださなくてはならないそうです(今の技術では帝王切開した卵は塩漬けにすると溶けてしまうらしい)。つまりはキャビアを商業的に生産しようと思ったら、一年ずつ歳の違う何千匹ものチョウザメを10年以上飼育した上で毎年数百匹ずつ殺していかなければならないということになります。であるからキャビアは今日ではますます高価で手に入らないものとなってきています。今回の出張で本物のキャビアを食べるのを楽しみにしていたのですが、残念ながらウクライナのスーパーやモスクワの免税店でもついにキャビアを見つけることはできませんでした。
<総括・感想>
  普段からたまに神戸にあるロシア料理屋に足を運んだりしてロシア料理にはそれなりの興味を持ってはいましたが、今回初めてウクライナに行き、生で世界の食文化というものに触れることが出来ました。当然のことながら日本の原料を使って、日本人向けにアレンジされた料理と現地で口にした料理とでは味も風味も違ったものも多かったです。もちろん全てにおいて現地のもののほうが(日本人である私にとって)美味しいというわけではありませんでしたが、サワークリームを何にでもつけて食べる(例えばボルシチに入れる)などの食習慣などは現地ならではの収穫といえます。また、事前、事後にロシア、ウクライナ料理について調べる機会もあり、それらを通して、それぞれの料理にもその国の風土や歴史、宗教、農産物事情に深く結びついて発展してきた背景があることをあらためて実感しました。これからも色んな料理や食文化に興味を持ち、食品メーカーの一研究員として世界の食文化について見識を深めていきたいと思います。
<参考文献>
『ロシア おいしい味めぐり』 小町文雄 著 (勉誠出版)